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透明の兵器
〜テーリ・テムリッツというアーティスト
 
- 倉持政晴


In Fader by Headz, September 2002.

Fader by Headz

地獄の地獄に咲いた徒花(あだばな)的フリースペース「アップリンク・ファクトリー」所属、イベント企画・会場運営担当。3年に渡り東京で活躍する新旧の偉大な作家、観客のミクスチュアを企てるがことごとく失敗。現在、失意の中にいる27歳、独身。私生活はぐだぐだ。今年春、自己破産を自覚し実家に出戻り。責任、希望、挫折、酒、愛に揉まれ脳が液状に。スタッフにエロ本編集者の道を勧めつつも、自身は恥辱にまみれながらのうのうと生きるも生きておらずことごとく失敗。今を生きる。しかしここで言う失敗の反対は成功ではない。自分の仕事を通じて知り合った全ての人を愛しています。東京はまだまだ面白くなります。



TEXT: 倉持政晴(uplink factory

 

テーリ・テムリッツのアーティストとしてのキャリアは、ミニマル・アートシーンへのカウンターとしての“コンストラクティビズム(構造主義)・アート”(初期のフランク・ステラなど)に影響を受け、NYで絵画を学ぶ学生として始まる。しかしやがて社会に対して何も機能しない80年代初頭のNYにおけるアート業界自体にへきえきし、社会に対しより直接的な効果を生んでいくアクティビズム(主にフェミニズム、セイファー・セックス、トランスジェンダリズム)に傾倒、寄付金を募るためのベネフィット・パーティーでディープハウスのDJを始める。それは音楽家としての初めての仕事であったが、テムリッツによれば「この時期の音楽は重要ではない」とのこと。もっとも、現在彼女が取り組む様々なプロジェクトのアイディアはこの時期に学び培った多くの思想と現実に深く影響されている。DJとして契約したクラブも「ヒットをまわせ」というオーナーの要望をその都度跳ね返し、アンダーグラウンド・グラミーを受賞した翌日にクビになってしまったり、おそらくテムリッツが自身の表現をもっとも模索していた時期であろう。

この時期に重要な出合いが一つある。昼間は医大オフィスにて会社員(OL?)として勤め、夜はDJをやっていたその頃、“Csound. PPCソフトウェア”(パワーマッキントッシュ・バージョン)を開発したエリック・ダールが職場の同僚だった。彼よりコンピュータの知識を多く学んだテムリッツは自宅をスタジオとしたレーベル“comatonse recordings”を立ち上げ、数多くの魅惑的なヴァイナルをリリースし始める。ダールの作品『Anti-Instrumentations』もやがて“comatonse.001”というかたちでリリースされることになる。

 

 


Terre Thaemlitz
※写真は近影ではありません

 

 テムリッツはcomatonse recordingsについて「私の音楽は一つのジャンルにカテゴライズすることは出来ないため、様々なレーベルから様々なタイプのリリースを決めた。そのかたわらで、comatonseはリラックスした空気の中でシリアスなテーマを扱いながら楽しませる音づくりを、意識的に毎回違うタイプのリリースを心掛けている」と語ってくれた。実際にあなたがcomatonseの作品に耳を向けてみると、途端に夜の匂いが立ちこめてムーディーな感覚に包まれるだろう。しかしその音楽に隠された奇妙なノイズや重大なテーマに気付いた時、それを踏まえてダンスするということはとてもタフなことで素晴らしい可能性を秘めていると思う。なによりもテムリッツ自身がエンターテイメントとしてそれをやってのけているのだからそれは正しい。酸鼻極まるこの凄惨な世界でテーリ・テムリッツは透明の梅毒をもって確実に、そして着実に現行の真実を糾弾し変革の必要性を促している。例えばハウスのフロアで彼女のファグ・ジャズがかかる時、彼女の透明の兵器はその着弾を完了する。それは一つの巨大なブラックジョーク、皮肉なのだ。しかしそこには得もいえぬ快感が潜んでいる。二律背反するイメージの軋み、衝突により生じるノイズが、エレガントな衣をまとい極上の音楽を生み出すことに成功しているのだ。

 そのユニークな音楽に唯一無比の説得力をもたせているのは「元来、男性的なイメージと捉えられる“機械”、“機械音楽-マシーンミュージック-”に女性的な解釈を与え両性具有的イメージをねつ造していく」Mille Plateauxより発表されているピアノ・ソロ“RUBATO”(Replicas Rubatao)(Oh No It's Rubato: Piano Interpretation of Devo)シリーズや、コンピュータ・プロセシングされた音、あらゆるコンテクストがカット・アップ、エディットされ、雑多なジェンダーの隙間を漂い新しい形を求める様を描いた音の音による音のためのレポート“Love For Sale”、“Intersticies”といった、シリアスで挑戦的な一連のプロジェクトの存在であろう。それらの音の性格はかつてのコンストラクティビズム・アートの中で政治が足掻きながらも望む答えを得られぬ様や、巨大なシステムの中で拮抗する異なる性質同士の力そのものであり、テムリッツはここでも既成の概念をおちょくってみせ「決して叶わない思想と認めつつもその変化の過程や可能性を楽しんでいる」。僕はシリアスな作品に向けられたこの姿勢が彼女のアーティストとしてのもっとも魅力的な表情で、そこに世界に向けられた優しさを感じる。


LOVEBOMB(ラヴボム/愛の爆弾)
© comatonse recordings


 

 何も決定的な考察を示さぬうちに字数が尽きたので、急ぎ足で今後のテムリッツの活動について。テロをモチーフに愛の定義の曖昧さとその危険性を主題とした新作『LOVEBOMB(ラヴボム/愛の爆弾)』を現在制作中、年内にはMille Plateauxからのリリースを予定している他、元アフターディナーのHACOと結成したテクノポップ・ユニット“Yesterday's Heroes”での活動(リリース未定)、テクノポップパーティ“一晩中ずるずるべったりテクノポップダンスパーティー Terre Thaemlitz 8時間耐久DJマラソン”(なんというタイトルだ!)というテムリッツの趣味むき出しなイベント(本人いわく「レアなテクノポップが一気に聴けます。遊びに来てください」とのこと)がアップリンク・ファクトリーで9/21(土)に行われるが、その前にまずは7/27(土)のリキッド・ルームでの彼女のDJが楽しみだ。“Hyper-Disco Night”と題されたこの夜は、ダンスというソーシャル・コミニュケーションの中で水を得た魚の様にプレイするテムリッツの真骨頂を存分に楽しめるだろう。